フル・アナログ・イのべーしょん

世の中何でもデジタル!デジタル!って、かつては全盛を極めたいろんなアナログの製品が、時代の流れとともにデジタルに変わっちまったものが多いが、今の世の中でも、決して侮れない…ていうか、アナログで脈々と進化しているものもある。そんなものをこの「えふでぃーあい」の空いたスペースで気まぐれに書くこととする。(T.S)


(その五)
 昨年10月号のこの欄に書いた三軒茶屋にあるステージPFというライブハウスに、再び昨年暮れに行って来た。今回私を誘ったのも、前回同様に渋谷区笹塚にある株式会社新輝の新谷社長。そして、以前同様にここでやっていた「NHA」(注:NHKではありません)という3人のグループの演奏を聞き、クリスマス前なのに既にクリスマスになったかのようなノリノリのムードが味わえた。
 そして再び以前と同様の事を書かせて頂けれるのなら、「音楽はやっぱりライブが一番!」である。
 現在のように、どこにいてもウェアラブルな携帯電話モドキで音楽をダウンロードしたり、それに録音してあるミュージックを聴いたり…が安直になりすぎてしまい、音楽を聞く(というか感じる)有り難みが薄れてしまっている。
 そもそも、生身の人間が演奏している音楽を記録しておいて、いつでもどこでも聞きたいという人々の欲望を叶えたのは200年以上前に作られたオルゴールである。(オルゴールの小さな博物館館長談)
 私が初めて実物を見て、聞いて驚いたのが、グランドピアノにフイゴのような機械を付けて圧縮空気を送り、穴の空いたロール紙が移動すことによってそこから出る空気の圧力で鍵盤を叩き、音を鳴らすというもの。このような機械が100年以上も前からあったという事。しかもそれは、当時の一流のピアニストが演奏したのとそっくりに音楽を奏でていたのである。
 超アナログ的技術だが、それを見て聴いてみれば、これは凄い! と言わざるを得ないもので、これぞまさしくスーパーリアリズム。
 それから、現在でいうボディソニックのオルゴールだってあった。棺桶のような木の箱の中に体ごと入って、そこでオルゴール本体からの響きを体で感じるものである。
 そしてオルゴール誕生からおよそ100年経った頃、ようやく蓄音機が誕生した。
 その後音楽の記録メディアはレコード盤から磁気テープになったりCDになったり…と、オルゴール時代の音楽記録メディアのひと世代は100年間だったのに、今のようなデジタル時代での記録メディアや配信メディアの栄枯盛衰は、僅か10年程度である。
 時々、デジタル信号にて記録された音楽や映像は、永遠に劣化しないので「永久不滅」であるかのような錯覚に陥っている人がいる。しかし実際はそうではない。 「0と 1」で構成された電気信号の記録が、そのメディアから消失していないというだけであって、現在これだけ普及しているCDだって、およそ30年程度。デジタル記録メディアのこれからと、そこに記録されるデータ方式の変化などを考えると、1つの記録メディアによるデジタル信号がそのまま存続し、再生できる可能性は、現状の経緯からすればせいぜい10年程度だろう…と思っている。すなわち、現在記録されている音楽が100年後に再生出来る可能性は限りなくゼロに近い。
 その点、アナログは凄い。100年前の音楽記録メディアであるオルゴールだって、メンテナンスさえすれば今でもちゃんと音楽を奏でる事が出来るし、同様に、100年以上の歴史があるレコードだって、絶対的な支持者数が減ったとはいえ、相変わらず根強い市民権を得ており、再生出来るプレーヤーだって進化しながらまだまだ市販されている。
 さて、従来の音楽産業といえば、産業全体を成り立たせていたその主力は、録音してあるソフトの販売や、それらを再生する機材、そして楽器などでありました。でも、現在は普通のミュージシャンはアナログ時代のようには喰っていくのが大変な時代になった。
 今回もまた、演奏が終わってからしばしの間話すことが出来た「NHA」の方々に私が言った言葉は、「音楽産業は、きっとこれから原点に戻りますよ」でした。つまり、ライブでの演奏活動に集まったお客さんを楽しませて稼がなくてはならないという事で、あくまでもそれを記録したり、配信したりする事は補助的なビジネスあるいは PR用にしか使えないという事。
 そういう意味においても、演奏活動もライブハウスの存在も、これからの、正にアナログ的音楽産業になくてはならない大変重要なファクターの様な気がしてならない。
 ちなみにこの事は、昨年秋に日本の大手音響機器&楽器メーカーである Y社を退職し、奥方がいらっしゃる北海道に戻ってライブハウスをやりたいとおっしゃっていた A氏も、このような話の内容に共感の意を示して下さった。北海道の地で頑張っている事と思う。

(その四)

 つい先日、東京・渋谷区内にある放送用映像・音声システムの設計、施工などを行なっている「?新輝」の新谷社長の企画&御誘いで、会社と同じ世田谷区内の三軒茶屋にあるライブハウスに行って来た。
 ライブで音楽を聴くのは久方ぶりで、数年前に、中野サンプラザに取材で出掛けて以来である。しかもこの時は、A社からの依頼による導入事例の取材で、あくまでも仕事。演奏や歌を楽しむというよりも機材の運用の仕方にばかり目が行くし、ミュージシャンの写真やビデオ撮影はまかりならぬ…という状況。それにもまして、仕事なので、肝心(?)の「音楽=音を楽しむ」という状況ではなかった。
 しかし、今回はそれとはまったく違う。
 会社から近いというせいもあって、出掛ける前からリラックス&ワクワクした気分で、純粋に楽しめる状況である。それと、昨今のミュージシャンがどんな曲をどのように演奏をしているのか…ということも興味があった。
 そして演奏が始まって驚いた。なんと、ビートルズ、ベンチャーズ、サンタナ、Tレックスなど、どれを聴いても知っている、ノリのいいご機嫌な曲ばかり。「これってわざわざ私のために演奏してくれたのでしょうか?もしくは、ここにお招き頂いた新谷社長の御計らいなのでしょうか。」
 いずれにせよ、演奏しているミュージシャンが、お客さんと駆け引きしながら一体となり、録り直しが利かない一発勝負でやっているライブでの演奏こそ、正に「音楽」で生計を成り立たせて行くことの原点であり、レンタルCDやネット配信により、ミュージシャンがあまり儲からなくなってしまった現在の状況下で、良いミュージシャンが育っていくには、ライブ活動による収益を上げて行ってもらうしかないように思える。
 そして、演奏内容を記録しておいて、いつでもどこでもそれを聴いて楽しむというのは、ヨーロッパでオルゴールが発明されてから、その記録方式や記録メディアが変わりながらも脈々と受け継がれているのが音楽産業における伝統であるが、それが多様に進化しているのが現在である。
 しかし、それによってミュージシャンが稼げなくなってしまっているのも事実で、何とも皮肉なことである。
 話は変わり、私が知っているデジタル音楽のハシリは、ン拾年前に大ヒットしたYMO(イエロー・マジック・オーケストラ)で、彼らの曲は今でも絶大な人気を誇っているようだし、時を経た今でもまったく古さを感じさせないのは確かである。
 しかし、個人的な私見なのかも知れないけれど、デジタル音源の典型であるシンセサイザーによる演奏はどこか冷たく感じる。(機材メーカーさんやYMOさんごめんなさい)
 それと、全くの素人でも、少々の時間をかければパソコンでもさまざまな楽器の音色を造る事ができ、しかもそれを劣化せずに記録出来る様にもなり、無料で配信まで出来るようになった。そうなってくると、プロだかアマチュアだかの区別がしにくくなってくる訳で、それがプロのミュージシャンやプロ歌手が育たなくなってしまった原因の1つなのだとしたら、業界も一考せざるを得ないのは確かであろう。
 収入の見込めない業界では人は育たないのである。
 音楽とは様々な楽器の音色とその楽器特有の演奏方法(つまり弾き方)や歌い方があって、ライブではそれをあやつる人が自分の視界の中にいる。そういう面でもライブは面白いし、ミュージシャン自身の腕と心意気が己の身入り(稼ぎ)に跳ね返ってくるからどうしても真剣勝負となる。しかし、これからのミュージシャンはただ演奏が上手だけではダメで、ライブでいかにしてお客さんに楽しんで貰えるか…に掛かっている。
 ライブでの演奏活動は、まさにプロスポーツのようである。
 いずれにしても、今回の新谷社長からのお誘いには、大変心地よい時が過ごせ、昨今は至って刺激の少なくなってしまった私の年齢において適度な刺激を与えてくれた。
 このところ、音楽産業もご多分に漏れずコストパフォーマンスが高いデジタル機器による演奏が増え、しかもネット配信してしまうなど、生身の人間であるミュージシャンそのものとのコミュニケーションもなかなか計れない事が多くなった。
 そういう意味においても、演奏活動を行うライブハウスの存在は、これからの、正にアナログ的音楽産業になくてはならない大変重要な場所の様な気がしてならない。
 最後にPR。お店の名前は「ステージPF」。バンド名は「NHA」(中川圭介=Bass、本間敏之=Gui & Key、阿部史彦=Dr)で、首都圏を中心に活動し、Rock演奏がメインのバンドでありながら、いま、幅広い層に密かに浸透しているグループである。

( FDI シオバラ)

(その三)

 久びさに、「これはスゴい!」と思えるようなモノを入手し、どこかで公開したいと思っていた矢先に、今号でこのページが取れたというので、1年ぶりくらいでこのページに書いてみた。
 但し、あらかじめお断りしておかなくてはならないのは、その「スゴいモノ」というのが、以前この欄で記したようなオーディオ製品でもなければ、電気製品でもない。本誌の内容にはまったく縁の無いものといった方が正しいかも知れない。
 それは何かというと、ガソリン、ディーゼルを問わず、エンジンを駆動力の源としている乗り物には必ず付いている「オイルエレメント」。普通はその中身のフィルターには紙が用いられているのだが、私がスゴいと思ったそのオイルエレメントは、濾紙の代わりに永久磁石を使用し、そこにオイルの汚れの主成分である金属粒子とカーボンを付着させるという原理である。しかも10万キロ無交換で、それを過ぎても半永久的に再利用できるという超エコな製品である。
 その上で、ここに記すほど一体何がスゴいのか…というと、この製品を開発し、作ってしまった人のアイディアと考え方と努力である。実をいうと、その製品を開発した方とは同じ区内の、とある同じ団体に所属していてその中でたまたま知り合いになり、その製品を知ったという経緯である。
 開発を行い、製品化をしたその方は、十数年前までは某自動車メーカーの技術系の社員であったが、そこを退職してからも、「地球環境保全のため」に、自宅に隣接するアパートの一室で脈々とこのオイルエレメントの開発を続け、試作品を作成しては実験を行ない、実証データを重ねて満足の行く結果が出てから数カ国の世界特許を取得して、ようやく製品化を行なうという事をやってきた。
 しかも、ガソリンエンジンの小型車、普通車は言うに及ばず、バイク用から、さらにトラックなどのディーゼル車用、昨今では海洋汚染の問題を睨みタンカーなどの大型船舶用のもの(信じたくない事だが、中東から日本まで石油を運搬する間に、タンカー自身からの老廃エンジンオイルをインド洋上などで大量に廃棄しているとの事)まで開発中との事である。
 船舶用の巨大なオイルエレメントの図面を作成中の時なども、幾度か訪れて話をしたが、いつ会っても研究熱心な方で、採算が取れるのかこっちが心配になっているのに、『ちゃんとした実証データが出ないと製品化をしない』というポリシーを貫いている。
 しかし、本人も言っていたし、私も思ったのだが、このテの製品の開発から販売までを一人でやって行けるシロモノではない。本来はどこかの大会社の一部門等で行うべきモノではないか…と。
 結構な時間も掛かればお金も掛かる。それを十数年間、たった一人でやって来たのである。それに、現状ではまだまだ元手が取れていない状態のようである。
 色々と話をしてみた後、『百聞は一見にしかず』とにかく自分のクルマに付けてみようと思い、お義理で1つだけ購入してみた。
 私もクルマに乗り始めてから、もうかれこれン十年以上になる。特に若かりし頃は、「燃費が良くなる」「加速が良くなる」「エンジン音が静かになる」…の類いのモノは色々と試してみた。しかも、元祖ネズミ講の「APO」も試した…と言えばどんな程度の年齢だかお解りになるでしょう。しかし、どれもこれも結果はご推察の通りでした。
 ちなみに、現在私が乗っているのは1ボックスの軽自(スバルのフル4駆、SC車)で、仕事でも殆ど毎日の足としても乗っていて、装着前には直近のオイル交換から暫く乗っていたため、オイルはドロドロしてドス黒い状態。そしてこのオイルエレメントを装着後、2〜3日程経って、エンジン横のオイルの確認棒を引っこ抜いて紙で拭いてみたら…ナンと!新品のオイルと大差ないアメ色に戻っていた。
 このエレメントの元々の原理は解っていたので多分こうなるのだろうとは思っていたけれど、あまりにも綺麗になっていたのでこれにはホントにビックリ。
 それから更に数日後、今度は仕事上の急用が出来て、平日の昼過ぎから常磐道往復 2百数十キロを走った時に、普段同様にアクセルを踏んでいて、ふとメーターを見たら、思っていたよりも20キロ程オーバー。というのは、毎日のように乗っていれば、感覚的に高速道路でも一般道でも日頃のアクセルペダルの踏み具合とかエンジン音とかでスピードも掴めており、大体100km/hで走っているはずなので、あまりスピードメーターは見ない(オマワリさんごめんなさい)。この時の東京方面への上りは空いていて、それでもいつものアクセルの踏み方&エンジンの音(スバル車はリヤーエンジンなので運転席の下にエンジンがある他社の1BOXよりも静かとはいえ、回転が上がりウルサい音になると、スピードダウンする)で走っていて、ふとメーターを見たら、いつもだと意識的に目一杯に踏み込まないとこのスピードにはならないのに、この時はそうではなかった…ということは、エンジンの回転が上がっていても、ガソリンの噴射量もエンジン音も、いつも程度だったという事なのか…。
 現段階では、電気自動車はチャージの面でも、コストパフォーマンスの面でもまだまだだし、ハイブリッド車も購入後5年経過で50万円もの出費を強いられる…これで本当にエコカーと言えるのか?そう考えたら、1年間程度で元が取れるこの製品の方が遥かに安い。
 それならば、こういう素晴しい製品をもっともっと活用した方が、はるかにエコで、良い事づくめではないのか?もちろん私はそう思う。しかし、現状は、メーカー系のディーラーはもとより、ガソリンスタンドにも、カーショップにも、ごく限られた店以外にはこの製品は扱っていない。(その理由は、自動車関連産業の都合と関連各社の利益に係る事なので、ここでは言えない。)
 さてこの製品の事、あまり問い合わせが増えたりすると、開発者が困るようなので、名前(中村さん)と製品名(PECS)のみにします。ちなみにテレビ番組やAPECでも既に紹介されています。
( FDI シオバラ)

(その二)

 かつて、CDというものが世の中に出現していなかった頃、『音楽を聴く』といえば、アンプの電源を入れ、プレーヤーのターンテーブルにレコード盤を乗せ、円盤を回してカートリッジの付いたアームを下ろし、やれダイレクトドライブがどうの、ベルトドライブがどうの、カートリッジはMM、 MC、VMのどれがベストか、はたまたダイレクトカットレコードで針飛びを起こすカートリッジではダメだ…などと言って、スピーカーから流れる音に蘊蓄(うんちく)を傾けながらしばしその場に身を委ね、悦に入る。そんな一連の行為のことを言っていたような気がして懐かしい。
 時は流れ、今では『音楽を聴く=CDで聴く』いや、下手をすると、『音楽を聴く=ナントカPodにダウンロードしてイヤフォンで聴く』といった行為になってしまったのかも知れない。実際に、私の知人にも、いい歳コイて、朝から晩まで耳元でチリチリ鳴らしているのがいる。そういう輩が増えたのだとすると、先に列記した言葉自体が死語になってしまったという事だ。
 かつて音楽を記録するメディアという点において、全盛を誇ったレコード盤を、今や家宝の如く持っているだけの人、下手をすると、そういった物を見た事も触った事もない人が増えてしまっているのだ。家宝ならまだしも、せっかく何十年もの間『音楽記録メディア』として世界中に君臨していた由緒と歴史のあるレコードが、そのまま葬られている事だってありうる。
 かく言う私も、マニアとまでは行かないが、学生の頃からの善良な(?)「音楽ファン」の一人だった。にも拘らずレコードをお蔵入りさせしまったうちの一人でもある。
 しかし、こんな時代にも拘らず、老若男女問わずマニアというのはちゃんといるもので、音楽=アナログ、しかも『音楽はレコードでなくてはならぬ』というアナログオーディオ信者だって、実は沢山いるのである。(各地で行われているオーディオショーなどに行きその混雑ぶりを見ればわかる)
 そして、ふと思ったのは、かれこれ10年以上もの間、まともに聴いてやれなかった手持ちのレコードを再び蘇らせ、何とかいい音で復活出来ないものか。最近ちょっと考えてみた。
 レコードと言えば、そこからの最初の音の入口はカンチレバーの先端に付いた針先との接点であり原点だ。今思えば、よくぞレコードの溝に刻まれた、肉眼ではとても識別出来ないあんな極細の動く溝を振動しながらトレース出来たものだ。
 勿論、カッティングマシーンでマスターを作成する時から"超高精細の音溝"でなくてはならなかったが、そこに刻まれた振幅信号を、数十年前からカートリッジというあんな小さな箱の中で微弱電流を発生させている事に、ある種の驚きすら覚える。
 まさにハイテクとはこの事ではないか?とさえ思う。
 それと、私の家には、立派なオーディオルームなどという贅沢な部屋がある訳ではない。もちろん、日本のリーダーのようなお金持ちでもないので、あまりお金を掛けないで、音の入口から変えていくにはどうしたら良いのか…と考え、それにはまず、とても重要かつ繊細なカートリッジの最良セッティングを自分で習得すれば良いのだと短絡的に考えた。
 そんな思案をしていた矢先、たまたま偶然とも言うべきか、知り合いのハイエンドオーディオ製品のメーカーの輩(ビヨルゲという近所に住む半分外人の知人)から、マイケルフレーマー(Michael Fremer)というアナログオーディオ界の第一人者(この道では神様的存在の超有名な人)の「21世紀のアナログレコード(21st Century Vinyl)」というタイトルの二時間半モノのDVDの日本語吹替え制作が出来ないかという話が来た。
 お〜、渡りに舟とはこの事だ。あと先の苦労の事はあまり考えずに二つ返事で引き受けた。
 英語から日本語への翻訳は、業界内でも指折りのコンパチで名訳が出来る千葉さんという方にやってもらい、打ち上がった文字テキストを、今度は興味深々で導入したばかりの日立のボイスソムリエで音声変換&調整&出力。さらに、カノープスのエディウスという映像編集ソフトを用いて音声と映像とをドッキングさせるなど、試行錯誤&楽しみながら作業を進めた。
 トータルの尺は二時間半と少々なのだが、翻訳開始のスタートからおよそ10ヶ月、パッケージ&ジャケットまで出来上がり、ようやく完成まで漕ぎ着けた。勿論、メインの出演者であるマイケルフレーマーはじめ、諸々の著作権者の許可も既に取ってある。
 準備万端整って、さて、一体これをどうやって売るの?という事になった。当初は、どこかの音楽関係の出版社にでも版権を買ってもらって、そこから販売したらどうか?などと思っているうちに、しばし時が流れた。
 未だ発売元となる販社は見つからず。しかし内容は、いにしえのレコードの歴史などから始まっていて面白いし、カートリッジの設定なども細に入り、色々と役立つ内容だと自負している。
 しかも、私の趣味のためだけに作った訳でもなく、どこからも販売されていないこのDVD、このページの読者のどなたか、1枚七千円くらいで買ってくださらぬか?
 私ゃ根っからのアナログ思考回路人間なので、海の向こうのどこかの国が主導権を握っているインターネットなどというメディアを使って売る気もないし、大量生産して儲ける気もない。
 かと言って私の勉強のためだけでは勿体ない。もし、このDVDに興味のある奇特な方がいらしたら、ご一報頼みます。 (電話:03-5376-7267 月刊FDI塩原)


(その一)
 何と言っても究極のアナログといえば、真空管のオーディオアンプ。
『まだ、そんなモノあるの?』なんて言ってるアナタ! 遅れてまっせぇ。
今やオーディオは真空管無しでは語れないって…そこまではウソだが、進化に進化を重ねて、かなりスゴいものが出ているのは事実なのです。
 毎年、東京有楽町で秋にやっている「インターナショナルオーディオショー」や、大阪の「ハイエンドオーディオショー」などに足を運んでみればその進化やすごさが分かります。
 楽器の音色そのものを再現し、あたかもそこにボーカリストがいるかのような錯覚に陥る程のスピーカーやアンプ、実際に鳴っている音を聴けばその凄まじさはどれほどのモノか?。見て、聴いて、やっぱりオーディオはアナログじゃなきゃ〜と身震いするほどの感動モノ…。
 そもそもこれらに属するオーディオ製品を創る側の発想は、例えばアンプといっても「如何に理論上数値的に高音質な製品にするか」とか、「如何にコストパフォーマンスの高い製品を創るか」なんていうのはほとんど考えておらず、その音楽製造マシーンが高級楽器のように「いかに機械的ではなく、人に心地よい音を奏でるか」「小型にするよりも、存在感があって違和感がなく、しかも高級感があるか」など所有していることに誇りが持て、他人に見せたり話したりして自慢したくなるような、つまりヲタッキーな製品創りをしているものが殆どである。
 しかも、この手の製品は、かつてのオーディオ全盛の頃と異なり、天下の大メーカーはほとんど創っていない(というか創れない)。大方がハンドメイドの少量生産、それこそハウスメーカー、ガレージメーカーのような所で創っている場合が多い。つまり少数精鋭なのである。
 創っている現場に行けばその凄じさがわかる。国内外の部品メーカーから届いた各出荷メーカーの製品基準値内には合致している数百数千の部品の中から、今度はそのオーディオメーカーが独自に設けた基準に合致するもののみに選り分ける。しかも、1個ずつ手作業で…。
 レコードカートリッジの場合もそうだ。ルーペを覗きながら微弱電流をキャチする数ミリの部品の周りに、零点何ミリかの直径の線を何十回、何百回と手作業で捲いていく。正に神業である。
 本当に良い製品を創ろうとすればこれらの労力は製造工程上必要不可欠だとの事で、これではどうみても安く創れる訳がないのである。
 グラスマスターという四百万円程する超弩級真空管アンプや、ライラというブランドの数十万円クラスのレコードカートリッジ、さらに最近では、KISOアコースティックという会社で創っているとってもチビなのに百三十万円もするスピーカーなどなど…どれもまさに音の芸術品だ。
 音を聴いたり触ったりなでたり。値段もスゴいが、やっぱり音が凄い。
 本当にいいモノはやっぱりいいのです。ウットリします。憧れます。